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 しばらく前から神保町の古本屋(厳密には違うのだが)で、未知谷の『国枝史郎伝奇全集』の三巻から補巻までが激安で売りに出ている。ここはとりわけ安いが、他の店でも、この全集は秋口頃からけっこう目に付くようになってきた。ゾッキで流れたのか? とにかく持っていない人間にとっては絶好の機会ではないか。というわけで購入。

 ここ数日の就寝前の一冊が、ボワロ&ナルスジャックの評論『推理小説論』。ようやく読了。今年ついに出版されたジュリアン・シモンズの『ブラッデイマーダー』もクセがあるが、こちらも相当クセのある評論である。

 最初はわりと普通。さまざまな評論家や作家が過去に著した推理小説の定義を紹介しながら、著者自身の見解を明らかにする。曰く「よく出来た推理小説とは、推理が恐怖を生み出し、恐怖を推理が静める物語である」。おお、確かに。
 ところが推理小説の歴史をひもときながら、さらには国別の特徴を交え、推理小説の有り様を比較検討していくにつれ、徐々に著者独特の見解が色濃くなる。

 簡単に著者の見解をいうと、推理小説というジャンルにおいて評価すべきなのは、推理小説というひとつの概念に対して、それを革新できる何かを持ち込んだ場合に限られるということだ。つまりその時代時代において前衛的な作品でなければ、文学的な(あえてこう書きます)価値は低いというわけ。だからミステリを生んだポー、ハードボイルドを生んだハメット、一種の寓話ともいえる作品を生んだチェスタトンなどは評価できるが、いわゆる黄金期の作家たちについては、ただトリックなどを発達させただけでそれほど高い評価をくだしてはいない。クリスティしかり、カーしかり。

 もうひとつある。これは彼ら自身の作品にもあてはまることだが、結局、すべての謎は人間自身であるということ。英米のミステリは王道といえば王道なのだが、エンタテインメントが中心であることは間違いない。フランスミステリは総じて心理サスペンスや叙情的な作風のものが多いが、これはあくまでミステリを文学の延長として捉えてきた結果ではないか。「ミステリは文学か否か」というテーマは昔からあるものだし難しいところだが、著者は断言していないものの、そんなことは端から前提にしているように感じられる。謎を解くということは人間の心のもつれを解くことなのだ、と。
 前述の推理小説の定義にもあるが、恐怖という要素は、重要なポイントである。恐怖が人間の心から生み出される以上、その恐怖を静めるには、人間の心を解き明かさねばならないのだ。
 実にフランスの作家らしい解釈である。おそらく著者が今の日本の古典ブームを知ると噴飯ものであろうが(笑)、そもそも推理小説に求めるものが違うのだから、これは致し方あるまい。だが、その論理の拠点となる足場は非常に強固で、刺激的な評論集であることは確か。
 残念ながら絶版だが、古書店でもそんなに高くはないと思うので、買っておいても損はない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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