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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


島田一男『錦絵殺人事件』(春陽文庫)

 事件記者などのシリーズに代表されるように、島田一男の作風はスピーディーなストーリー展開や軽快な会話が特徴だ。ミステリの王道からは外れるにしても、娯楽小説の王道をひた走った作家であることは間違いないだろう。『錦絵殺人事件』は、島田一男がそんな作風を確立する以前に書かれた、本格探偵小説に真っ向から挑んだ作品でもある。

 少年タイムスの編集長、津田と神奈川県地方検事の小原が旅先で出会った日南と名乗る男。彼に導かれ、二人は子爵の鬼頭竹彦邸を訪れる。折りもおり、鬼頭家では二ヶ月前に当主の竹彦が失踪しており、死亡したとみなした家人らによって、遺言状の開封を行おうとしていた。その矢先、悪名高い弁護士の白川が、密室で胸を刺されて死んでいるのが発見された。

 錦絵をモチーフにし、義経伝説を絡めた見立て殺人劇。ひと言でいうとこんなところだが、そのペダンティックな描写やトリックなど、いわゆる本格探偵小説としての体裁はなかなか堂に入ったものだ。もつれあう人間関係や小道具としての遺書、見映えのする殺人現場なども、実に効果的で雰囲気を醸し出す。
 もちろんそれらはリアルの極北に位置するものではあるが、これこそ本格探偵小説の王道であり、島田一男がそこを走っていた頃もあったのだと再認識できる。傑作とは言えないまでも、このトリックと舞台設定、ペダンティズムだけでも十分に楽しめる作品といえるだろう。この作品を悪く言うとき、よくヴァン・ダインがたとえに出されるが、何となく『本陣殺人事件』も連想させる。

 と、まあ、もっともらしいことを書いてみたが、実は島田一男の長編を読むのはこれが初めて。昔から気になっていた作家なのだが、あまりに多作なのでちょっとひいていた作家でもある。著作自体は山ほど買ってきてはいたのだが。とまれ、島田一男もしばらく読み続けてみたい作家となった。

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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