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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


海野十三『浮かぶ飛行島』(少年倶楽部文庫)

 『蠅男』に引き続き、海野十三の長篇を読む。元版は第二次世界大戦が勃発しようかという昭和十四年に刊行されたジュヴナイルで、しかも中身は戦争活劇もの。おそらくは愛国者の海野が国威高揚のために書いたと思われる作品だ。

 大戦当時は探偵小説の執筆が禁じられていたので、探偵作家は国民の志気を揚げるというお題目のもと、ニッポン万歳という軍事ものに走るか、あるいはその政策に納得できない者は捕物帳などを書くしかなかった。
 ここで多くの探偵作家は、国のために強制されて書くという行為を拒絶する道を選ぶ。この辺の事情は横溝正史などの随筆でもいろいろと読むことができるが、そんな中で敢えて軍事ものに筆を染めたのが海野だった。海野自身は非情に面倒見のいい人間で、探偵作家仲間からも好かれていたようだが、あまりにもその思想に違いがありすぎる。実際、本書でも強烈な愛国主義、対立する欧米諸国やアジア諸国への侮蔑的描写などが目白押しで(というかそういう目的で書かれているので当たり前っちゃ当たり前なのだが)、さすがに今読むとぎょっとする内容である。娯楽目的といえども、文学である。「国家におもねる作家など誰が信用できる?」という感覚は今も昔も変わらないはずだ。そんな中ある意味孤高の立場を行く羽目になる海野の胸中はいかばかりだったろうか。ましてや敗戦という結果を受けて、海野は人生も作品も下降線を辿っていったのだから。

 だが、そんな作品成立の背景などを考えず、純粋に作品の出来に目を向けると、これは間違いなく傑作である。とにかく面白い。
 タイトルにもなっている「飛行島」というのは、イギリスが作製している海上に作られた巨大な飛行場のことだ。しかし、それは表向きのこと。実はイギリスは日本を叩くための強力な秘密兵器だったのである。その謎を探るため飛行島に潜入したのが、密命を帯びた川上機関大尉だ。
 語学堪能、武術も一流、機械にも強いうえに変装まで得意の川上大尉。巨大兵器「飛行島」。怪しげな敵味方によって繰り広げられるアクションや駆け引き……そう、これは要するに海野版007なのだ。元は雑誌連載ということもあってストーリー展開もスピーディーで、ラストシーンまで一気に読ませる。
 こうなると他の児童向けも気になるが、古書となると値段がかなりとんでもないことになるし、ううむ、そろそろ全集の買い時かもしれんなぁ。
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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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