- Date: Sat 18 01 2003
- Category: 海外作家 ローザン(S・J)
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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S・J・ローザン『どこよりも冷たいところ』(創元推理文庫)
ガチガチのハードボイルドではないが、ハードボイルドの甘い部分(というのも変な言い方だが)をうまく活かしたシリーズというものがある。ハメットが作り出した、非情さと乾いた文体を突き詰めた本来のハードボイルドとは異なり、それは「卑しい街を歩く騎士」の部分を強く打ち出したロマンの香り高きハードボイルド。
そして結局その元祖がチャンドラーだと思うのだが、現代のミステリにおいてはむしろそちらの方が主流ではないかとさえ思えるほど、甘口のハードボイルドが多い。ハメットを祖とする純粋なハードボイルドが持っていた役目は、いまやノワール系が担っている観もあるが、それはまた別の機会に。
ただ、こう書いたからといって、甘口ハードボイルドを否定するわけでも嫌いなわけでもない。個人的にはかえってこれがツボだったりするのである。ちなみに創元推理文庫にこのタイプの優秀なシリーズが多く、S・J・ローザンのビル&リディア・シリーズ、マイケル・ナーヴァのゲイ弁護士ヘンリー・リオス・シリーズ、ドン・ウィンズロウのニール・ケアリー・シリーズは、絶対見逃せないシリーズである。
正味な話、甘口とはいうもののこれらをハードボイルドと読んでいいものか若干迷う部分もあるのだが、とりあえずオススメのシリーズであることは間違いない。
というわけでS・J・ローザン『どこよりも冷たいところ』。マッチョ系の私立探偵ビル・スミスと、華奢で可憐な、でも負けん気の強い中国系の女性探偵リディア・チンのコンビが活躍するシリーズ四作目である。
今回の事件はマンハッタンの建設現場で行われている工具の横流しやクレーン操作係の失踪事件に端を発する。疑わしいレンガ工の班長を内偵するため、ビルが作業員として覆面捜査に乗り出すのである。しかし、ビルが働き始めた途端に工員が重傷を負い、さらにはエレベーターシャフトで死体まで発見され、事態は思わぬ局面を見せ始める……。
このシリーズの特徴は何といっても、一作ごとにビルとリディアが交替で一人称を務めることにある。今回はビルが主人公兼語り部だが、活発なリディアに比べるとやはり落ち着いたトーンが全体を覆っている。リディアと共に事件に入り込むため、どうしてもマッチョな役割を意識するビルだが、根はピアノを愛する無骨なロマンチストでもある。
その性格や感性は捜査にも反映し、ビルの行動は変に力の入ったところがなく、実に自然体だ。そのバランスが崩れるのはリディアが危険に巻き込まれる場合に限り、しかも本作では逆にリディアに助けられるシーンもあったりするので、この辺は作者が物語のためのキャラクター造形を実に研究しているなという印象を受ける。
良くも悪くも二人の魅力とその他の登場人物の描写で読ませるシリーズなので、この安定感が最大の武器であろう。
また、事件も規模は決して小さくはないが、あくまで私立探偵が解決できる範囲に収め、ストーリー展開が実に手堅い。事件の裏に隠されたものも人間の業みたいな部分をしっかり抑えており、そつがないというか見事というか。まさに読み手を選ばない良質のミステリであり、そういう意味ではもっともっと読まれてもよい作品&シリーズだろう。
甘口だが、彼らもまた騎士として、しっかりと卑しい街を歩いている。それは認めなくてはならない。
そして結局その元祖がチャンドラーだと思うのだが、現代のミステリにおいてはむしろそちらの方が主流ではないかとさえ思えるほど、甘口のハードボイルドが多い。ハメットを祖とする純粋なハードボイルドが持っていた役目は、いまやノワール系が担っている観もあるが、それはまた別の機会に。
ただ、こう書いたからといって、甘口ハードボイルドを否定するわけでも嫌いなわけでもない。個人的にはかえってこれがツボだったりするのである。ちなみに創元推理文庫にこのタイプの優秀なシリーズが多く、S・J・ローザンのビル&リディア・シリーズ、マイケル・ナーヴァのゲイ弁護士ヘンリー・リオス・シリーズ、ドン・ウィンズロウのニール・ケアリー・シリーズは、絶対見逃せないシリーズである。
正味な話、甘口とはいうもののこれらをハードボイルドと読んでいいものか若干迷う部分もあるのだが、とりあえずオススメのシリーズであることは間違いない。
というわけでS・J・ローザン『どこよりも冷たいところ』。マッチョ系の私立探偵ビル・スミスと、華奢で可憐な、でも負けん気の強い中国系の女性探偵リディア・チンのコンビが活躍するシリーズ四作目である。
今回の事件はマンハッタンの建設現場で行われている工具の横流しやクレーン操作係の失踪事件に端を発する。疑わしいレンガ工の班長を内偵するため、ビルが作業員として覆面捜査に乗り出すのである。しかし、ビルが働き始めた途端に工員が重傷を負い、さらにはエレベーターシャフトで死体まで発見され、事態は思わぬ局面を見せ始める……。
このシリーズの特徴は何といっても、一作ごとにビルとリディアが交替で一人称を務めることにある。今回はビルが主人公兼語り部だが、活発なリディアに比べるとやはり落ち着いたトーンが全体を覆っている。リディアと共に事件に入り込むため、どうしてもマッチョな役割を意識するビルだが、根はピアノを愛する無骨なロマンチストでもある。
その性格や感性は捜査にも反映し、ビルの行動は変に力の入ったところがなく、実に自然体だ。そのバランスが崩れるのはリディアが危険に巻き込まれる場合に限り、しかも本作では逆にリディアに助けられるシーンもあったりするので、この辺は作者が物語のためのキャラクター造形を実に研究しているなという印象を受ける。
良くも悪くも二人の魅力とその他の登場人物の描写で読ませるシリーズなので、この安定感が最大の武器であろう。
また、事件も規模は決して小さくはないが、あくまで私立探偵が解決できる範囲に収め、ストーリー展開が実に手堅い。事件の裏に隠されたものも人間の業みたいな部分をしっかり抑えており、そつがないというか見事というか。まさに読み手を選ばない良質のミステリであり、そういう意味ではもっともっと読まれてもよい作品&シリーズだろう。
甘口だが、彼らもまた騎士として、しっかりと卑しい街を歩いている。それは認めなくてはならない。
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二人のキャラクターが交互に主人公を務めるというのは、ナイスアイディアでしたね。この二人のやりとりが面白いだけではなく、それぞれの特性を生かした展開もあったりして、器用な作家だなぁと感心したものでした。
そういえば本日読み終えたばかりの『見知らぬ人』も、刑事が実家住まいで、家族がいい味出してました。おすすめですよ。