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ニコラス・ブレイク『秘められた傷』(ハヤカワミステリ)
会社の大掃除&仕事納め。世間様よりちょっと早いのは、なんと明日から会社の慰安旅行で木・金と札幌に行くからである。
読了本はニコラス・ブレイク最後の長編にあたる『秘められた傷』。
時は第二次世界大戦の直前。駆け出し作家のドミニック・エアはアイルランドを旅行中、ひょんなことから、シャーロッツ・タウンという小さな町に住むことになる。家を提供してくれたのは、先の大戦での英雄だが、今は身を持ち崩している牧場主フラリー。しかし、エアはフラリーの妻、ハリーから誘惑されて肉体関係をもってしまい、ついには何者かから身の危険を伴う警告まで受けとる羽目に陥る。結局、エアはハリーと別れる決意をするが、それを伝えた翌日、彼女は全裸にナイフを刺されて死んでいるのが発見される……。
これはいい。本格ミステリとして傑作かといえばちょっと躊躇うが、犯罪小説としては非常に読み応えがあって、個人的には文句なしに◎をあげたい。
そもそも管理人が初めてブレイクを読んだのはハヤカワ文庫の『野獣死すべし』なのだが、そのときの感動は今でも覚えている。ミステリとしても素晴らしかったが、息子を殺された父親の復讐劇にあたる第一部の迫力がとにかく印象的だったのだ。その感動はそれまでのミステリではあまり味わえなかった種類のものであり、青二才なりに探偵小説の可能性というものに目覚めた作品でもあった。
ところがその後もいくつかブレイクの作品は読んできたが、『野獣死すべし』ほどの満足感を得ることは結局できなかった。シリーズ探偵のナイジェル・ウィリアムスにももうひとつ魅力を感じるほどではなく、こんなものなのかと長年遠ざかっていたのだ。
しかし、本作は違った。
まず面白いのは本格探偵小説ながら探偵役の一人称を用いていること。普通、探偵役の一人称といえばハードボイルドと相場が決まっているが、ブレイクがあえて本作でこれを使っているのは、叙述トリックのためとかではない。おそらくは純粋に主人公エアの心理や考え方をよりヴィヴィッドに表現したかったからに他ならないと思うのだ。
また、アイルランドの田舎町や人間関係も、エアというフィルターを通すことによって、かえって生き生きと語ることに成功している。例えばハリーとフラリーの危ういバランスの上に成り立っている夫婦関係。例えば一見ざっくばらんに見えて実は閉鎖的な田舎町。見所は多い。
翻訳で読んでいるのでハッキリしたことは言えないが、ブレイクの文章はきめ細やかで、確かな描写力を持っている(と思う)。考えてみればニコラス・ブレイクは元々、詩人なのである。その感性、描写力が安いはずもないのだ。
そして、その芳醇な文体で語られるエピソードの積み重ねのなか、徐々に高まってくる独特の緊張感がまたよい。事件の幕が開く(つまり殺人ですね)のは決して早い段階ではないのに、ミステリを読んでいるという感覚はしっかりと漂わせている。主人公が作家ということもあるし、私小説として考える手もあるだろうが、個人的にはブレイク流の犯罪小説として捉えたいところだ。
本格探偵作家たるブレイクだが、もしかするとウールリッチのようなサスペンスを書かせてみても大傑作を書いたのではないだろうか。そんな気がする。
読了本はニコラス・ブレイク最後の長編にあたる『秘められた傷』。
時は第二次世界大戦の直前。駆け出し作家のドミニック・エアはアイルランドを旅行中、ひょんなことから、シャーロッツ・タウンという小さな町に住むことになる。家を提供してくれたのは、先の大戦での英雄だが、今は身を持ち崩している牧場主フラリー。しかし、エアはフラリーの妻、ハリーから誘惑されて肉体関係をもってしまい、ついには何者かから身の危険を伴う警告まで受けとる羽目に陥る。結局、エアはハリーと別れる決意をするが、それを伝えた翌日、彼女は全裸にナイフを刺されて死んでいるのが発見される……。
これはいい。本格ミステリとして傑作かといえばちょっと躊躇うが、犯罪小説としては非常に読み応えがあって、個人的には文句なしに◎をあげたい。
そもそも管理人が初めてブレイクを読んだのはハヤカワ文庫の『野獣死すべし』なのだが、そのときの感動は今でも覚えている。ミステリとしても素晴らしかったが、息子を殺された父親の復讐劇にあたる第一部の迫力がとにかく印象的だったのだ。その感動はそれまでのミステリではあまり味わえなかった種類のものであり、青二才なりに探偵小説の可能性というものに目覚めた作品でもあった。
ところがその後もいくつかブレイクの作品は読んできたが、『野獣死すべし』ほどの満足感を得ることは結局できなかった。シリーズ探偵のナイジェル・ウィリアムスにももうひとつ魅力を感じるほどではなく、こんなものなのかと長年遠ざかっていたのだ。
しかし、本作は違った。
まず面白いのは本格探偵小説ながら探偵役の一人称を用いていること。普通、探偵役の一人称といえばハードボイルドと相場が決まっているが、ブレイクがあえて本作でこれを使っているのは、叙述トリックのためとかではない。おそらくは純粋に主人公エアの心理や考え方をよりヴィヴィッドに表現したかったからに他ならないと思うのだ。
また、アイルランドの田舎町や人間関係も、エアというフィルターを通すことによって、かえって生き生きと語ることに成功している。例えばハリーとフラリーの危ういバランスの上に成り立っている夫婦関係。例えば一見ざっくばらんに見えて実は閉鎖的な田舎町。見所は多い。
翻訳で読んでいるのでハッキリしたことは言えないが、ブレイクの文章はきめ細やかで、確かな描写力を持っている(と思う)。考えてみればニコラス・ブレイクは元々、詩人なのである。その感性、描写力が安いはずもないのだ。
そして、その芳醇な文体で語られるエピソードの積み重ねのなか、徐々に高まってくる独特の緊張感がまたよい。事件の幕が開く(つまり殺人ですね)のは決して早い段階ではないのに、ミステリを読んでいるという感覚はしっかりと漂わせている。主人公が作家ということもあるし、私小説として考える手もあるだろうが、個人的にはブレイク流の犯罪小説として捉えたいところだ。
本格探偵作家たるブレイクだが、もしかするとウールリッチのようなサスペンスを書かせてみても大傑作を書いたのではないだろうか。そんな気がする。
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