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ビル・S・バリンジャー『煙の中の肖像』(小学館)
ようやく読書ペースが復活しつつある。本日の読了本はビル・S・バリンジャー作『煙の中の肖像』。なぜか時を同じくして、創元推理文庫でも『煙で描いた肖像画』という邦題で刊行されたため、内容よりそういう面で話題になった作品。
単なる偶然なのかどうかわからんが、折からの古典復刻ブームのため、自ずと紹介される作品もバッティングする可能性はあるわけで、版元はこのような事態を避けるためにも早めに告知するべきではないだろうか。営業的なこともあるから極端に早く告知するのが難しいことは百も承知だが、訳者をはじめとした関係者の努力が、結果として(もちろん売上のことです)残らないのは大変残念。そして結果が残らなければ、こういう企画も立ち消えになるわけで、結局はそういうものを読みたい読者が貧乏くじを引くわけである。
今回の場合、どの程度の比率で小学館版と創元推理文庫版の売り上げが分かれたかは知るよしもないが、当然の話、一冊だけしか刊行されない方が良い結果になったのは言うまでもない。創元はもちろんだが、小学館も最近はがんばっているので、できれば関係者が情報交換などしつつ、うまく共存してほしいところだ。
さて、肝心の本の内容だが、こんな話である。
さえない人生を送ってきた主人公のダニー・エイプリルだが、今ではなんとかシカゴで未収金取り立て業を営んでいる。そんなある日、前経営者の資料から謎の美女、クラッシーの写真を見たダニーは、あっという間に心を奪われてしまう。なんとか彼女に会いたい。そう決意したダニーはクラッシーの調査を始めるが、次第に彼女が目的のためなら手段を選ばない悪女だということが判明してゆく……。
いわゆる悪女ものだが、悪女その人はなかなか姿を現さず、ダニーの調査によって徐々にその姿を浮き彫りにする手法をとる。別段珍しくもない手だが、要はその密度。本作ではいかんせんキャラクターが弱く、サスペンスを極限まで盛り上げるところまではいっていない。
まずクラッシーの存在感がいまひとつ。結局は彼女がいかに男を吸収してのし上がるかがすべてと言っても過言ではないのに、どうにもスケールが小さく、計画性はそこそこあるのに行き当たりばったりで生きている感が強い。一方、追う側のダニーにしてもわりと真っ当なのがいただけない。せめてストーカー的な部分を強く出すか、もしくは逆にもっと純情な男にして、クラッシーに食い尽くされるところまでもっていけばよいのにと思う。
ついでに言えば構成も甘い。クラッシーの登場はもっと引っ張った方がサスペンスは盛り上がると思うし、ラストも唐突すぎて、しかも詰めが甘い。結局、役者が弱いので、ラストのカタストロフィまでパンチ不足になるのだろう。期待したわりには拍子抜けの一冊だった。
なお、本書と比較するに持ってこいの作品は、何といってもアンドリュー・ガーヴの『ヒルダよ眠れ』だろう。バリンジャーがそれを意識したのかどうか気になるところだが、なんと発表年はどちらも1950年。執筆期間などを考慮するとおそらく偶然なのだろうが、どうもこの作品は、そういう不運が延々ついてまわっているようで、つくづくついてない作品である。
単なる偶然なのかどうかわからんが、折からの古典復刻ブームのため、自ずと紹介される作品もバッティングする可能性はあるわけで、版元はこのような事態を避けるためにも早めに告知するべきではないだろうか。営業的なこともあるから極端に早く告知するのが難しいことは百も承知だが、訳者をはじめとした関係者の努力が、結果として(もちろん売上のことです)残らないのは大変残念。そして結果が残らなければ、こういう企画も立ち消えになるわけで、結局はそういうものを読みたい読者が貧乏くじを引くわけである。
今回の場合、どの程度の比率で小学館版と創元推理文庫版の売り上げが分かれたかは知るよしもないが、当然の話、一冊だけしか刊行されない方が良い結果になったのは言うまでもない。創元はもちろんだが、小学館も最近はがんばっているので、できれば関係者が情報交換などしつつ、うまく共存してほしいところだ。
さて、肝心の本の内容だが、こんな話である。
さえない人生を送ってきた主人公のダニー・エイプリルだが、今ではなんとかシカゴで未収金取り立て業を営んでいる。そんなある日、前経営者の資料から謎の美女、クラッシーの写真を見たダニーは、あっという間に心を奪われてしまう。なんとか彼女に会いたい。そう決意したダニーはクラッシーの調査を始めるが、次第に彼女が目的のためなら手段を選ばない悪女だということが判明してゆく……。
いわゆる悪女ものだが、悪女その人はなかなか姿を現さず、ダニーの調査によって徐々にその姿を浮き彫りにする手法をとる。別段珍しくもない手だが、要はその密度。本作ではいかんせんキャラクターが弱く、サスペンスを極限まで盛り上げるところまではいっていない。
まずクラッシーの存在感がいまひとつ。結局は彼女がいかに男を吸収してのし上がるかがすべてと言っても過言ではないのに、どうにもスケールが小さく、計画性はそこそこあるのに行き当たりばったりで生きている感が強い。一方、追う側のダニーにしてもわりと真っ当なのがいただけない。せめてストーカー的な部分を強く出すか、もしくは逆にもっと純情な男にして、クラッシーに食い尽くされるところまでもっていけばよいのにと思う。
ついでに言えば構成も甘い。クラッシーの登場はもっと引っ張った方がサスペンスは盛り上がると思うし、ラストも唐突すぎて、しかも詰めが甘い。結局、役者が弱いので、ラストのカタストロフィまでパンチ不足になるのだろう。期待したわりには拍子抜けの一冊だった。
なお、本書と比較するに持ってこいの作品は、何といってもアンドリュー・ガーヴの『ヒルダよ眠れ』だろう。バリンジャーがそれを意識したのかどうか気になるところだが、なんと発表年はどちらも1950年。執筆期間などを考慮するとおそらく偶然なのだろうが、どうもこの作品は、そういう不運が延々ついてまわっているようで、つくづくついてない作品である。
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