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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


佐藤春夫『怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集 夢を築く人々』(ちくま文庫)

 日下三蔵氏編集の『怪奇探偵小説名作選4佐藤春夫集 夢を築く人々』を読了。読み終えるのに四日ほどかかってしまったが、こういう本は本来時間をかけて味わいたいものなのだから、まあいいのか。

 著者については管理人が今さらここで紹介するまでもない。日本文学史に書かせない作家であるが、本書の解説にもあるとおり、佐藤春夫は探偵小説に惹かれ、決して少なくない量の探偵小説を残したことでも知られている。
 当時のことゆえ探偵小説とはいっても、その多くは広義の探偵小説、つまり幻想小説や犯罪小説的なものが中心だったが、佐藤春夫の書いたものの中には純探偵小説といえるだけのものも多い。谷崎潤一郎や芥川龍之介など、純文学畑から探偵小説を残した作家は他にもいるが、この佐藤春夫が最も探偵小説に理解を示し、興味を持っていたのだ。
 とまあ、こういうこともすべて解説にあるとおり。
 あの横溝正史だって初期にはそれほど本格的な探偵小説を書いていたわけではなかったので、こういう解説を読むと、いやがうえにも期待は高まったのだが、いざ読んでみると、やはり本格的探偵小説はそれほど収録されていない。やはり印象としては耽美主義の作品の延長線上のものが中心。もちろん水準が高いので作品としては惹かれるものが多いが、変に期待させるような解説は警告+1って感じ。
 まあ、それはともかくとして、耽美・浪漫主義的な作品は学生の頃にはまっていたせいもあって、非常に堪能できる作品集である。二、三の作品はアンソロジーなどで読んだ記憶があるが、ほとんどが初めて読むものばかり。お得感も高い。収録作は以下のとおり。

「西班牙犬の家」
「指紋」
「月かげ」
「陳述」
「「オカアサン」」
「アダム・ルックスが遺書」
「家常茶飯」
「痛ましい発見」
「時計のいたずら」
「黄昏の殺人」
「奇談」
「化物屋敷」
「山妖海異」
「のんしゃらん記録」
「小草の夢」
「マンディ・バナス」
「或るフェミニストの話」
「女誡扇奇談」
「美しき町」

 特に印象に残ったものは、何気ない日常にすっと入ってくる奇妙な体験をつづった、デビュー作「西班牙犬の家」。まるでホームズものの長編を読んでいるかのような感覚に陥った「指紋」。めちゃくちゃ読みにくいけど、医者の壊れていく過程がなんとも凄まじい「陳述」。乱歩作品のような奇妙な味の「オカアサン」。安部公房っぽい何ともシュールな味が楽しめる「のんしゃらん記録」。壮大なほら話と虚脱感の落差を味わう「美しき街」など。
 この時代に佐藤春夫の熱心な読者が果たして何人いるかわからないが、まああまり多くないことは確かだろう。だが、こういうものから入った方が意外に佐藤春夫の本質を体験できるのではないか。ミステリの読者より一般の小説好きにこそむしろすすめたい一冊と言えるかもしれない。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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