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トマス・H・クック『心の砕ける音』(文春文庫)
土、日と連日の休日出勤。休んだ分を取り返す、なんて健気なものではなく、単にせっぱ詰まった仕事を抱えるスタッフのヘルプである。そのくせ、けっこう待ちの時間が多いために、ついつい本などを読み進めてしまい……ああ、読み終わっちゃったよ、いいのか、仕事中に。
というわけで本日の読了本は、トマス・H・クックの『心の砕ける音』。
文学とミステリの幸せな合体を実践できる作家として、すでにミステリファンなら知らない人はいないと思われるほどの大家だが、それでも読んだことないという人は、ぜひ記憶四部作からでも手をつけてみてください(シリーズではなく単独作品なのでどれからでもよし)。絶対損はさせないから。
情熱にしたがって生きるというロマンチストの母。その母の気質を受け継いで小さな新聞社を経営する弟ビリー。かたやリアリストで論理的、感情を抑制することが大事と考える父。その父の気質を受け継ぎ、地方検察官になった兄キャル。なかなか相容れない性格ながらも、兄弟はお互いを尊重しながら暮らしていた。そこへ現れた流れ者の女性ドーラ。ビリーは彼女こそ探し求めていた理想の女性だと確信するが、キャルはもうひとつ納得できない何かを感じていた。
しかし、あるときビリーは殺害され、その日からドーラが姿を消す。キャルは仕事を辞し、ドーラの後を追うのだった……。
人には自信をもってオススメするクックなのだが、実はこの『心の砕ける音』、最初はあまりノレなかった。またまた過去を回想するという手法が取られていたからである。
叙述トリックとまではいかないにしろ、クックは記憶四部作でこのパターンを極めた観がある。ストレートな時間軸で語らず、主人公が過去を回想することによって、物語に深みを持たせると同時にミステリ的な仕掛けも施しているのだ。クックを初めて読む人には問題ないだろうが、すでにクックを読み尽くした人間には、当然作者の企みが隠されていると思うので、素直に読む進めることができないのだ。
「あざとさ」や「けれん味」は嫌いではない。むしろ好きである。これがエンターテインメント路線の作家であれば、逆に潔いくらいだし、例えばマイクル・クライトンなんてあざとさの極北だと思うのだが、それがなくなるとクライトンの良さも消えてしまうだろう。だがクックは純文学志向がもともと強い作家で、クックをクックたらしめる点というのは、小説としての味わいにこそある。あざとさが鼻につくようでは、その魅力も消されてしまうではないか。
とにかく、いいかげんこのパターンは止めようよ、というのが最初の印象だったのだ。そんなことをしなくても、クックなら十分に魅力ある物語は作れるはずだ。
ところがどっこい。いやいや、中盤からは結局クックの術中にハマったというか。鼻につくあざとさを吹っ飛ばす力強さが、この物語にはある。ビリーとキャルの兄弟の絆。家族間のパワーバランス。次第に顕わになってゆくドーラの複雑な人間性と秘められた過去がサスペンスを盛り上げ、キャルは少しずつ核心に迫ってゆく。ラストの意外性もあり、まさに傑作の名に値する。
結末も今までのように救われないものではなく、はるかに温かなまなざしが感じられ、読後はしばらく言葉が出なかったほどだ。やっぱりクックは安心して人にオススメできる作家なのだ。
というわけで本日の読了本は、トマス・H・クックの『心の砕ける音』。
文学とミステリの幸せな合体を実践できる作家として、すでにミステリファンなら知らない人はいないと思われるほどの大家だが、それでも読んだことないという人は、ぜひ記憶四部作からでも手をつけてみてください(シリーズではなく単独作品なのでどれからでもよし)。絶対損はさせないから。
情熱にしたがって生きるというロマンチストの母。その母の気質を受け継いで小さな新聞社を経営する弟ビリー。かたやリアリストで論理的、感情を抑制することが大事と考える父。その父の気質を受け継ぎ、地方検察官になった兄キャル。なかなか相容れない性格ながらも、兄弟はお互いを尊重しながら暮らしていた。そこへ現れた流れ者の女性ドーラ。ビリーは彼女こそ探し求めていた理想の女性だと確信するが、キャルはもうひとつ納得できない何かを感じていた。
しかし、あるときビリーは殺害され、その日からドーラが姿を消す。キャルは仕事を辞し、ドーラの後を追うのだった……。
人には自信をもってオススメするクックなのだが、実はこの『心の砕ける音』、最初はあまりノレなかった。またまた過去を回想するという手法が取られていたからである。
叙述トリックとまではいかないにしろ、クックは記憶四部作でこのパターンを極めた観がある。ストレートな時間軸で語らず、主人公が過去を回想することによって、物語に深みを持たせると同時にミステリ的な仕掛けも施しているのだ。クックを初めて読む人には問題ないだろうが、すでにクックを読み尽くした人間には、当然作者の企みが隠されていると思うので、素直に読む進めることができないのだ。
「あざとさ」や「けれん味」は嫌いではない。むしろ好きである。これがエンターテインメント路線の作家であれば、逆に潔いくらいだし、例えばマイクル・クライトンなんてあざとさの極北だと思うのだが、それがなくなるとクライトンの良さも消えてしまうだろう。だがクックは純文学志向がもともと強い作家で、クックをクックたらしめる点というのは、小説としての味わいにこそある。あざとさが鼻につくようでは、その魅力も消されてしまうではないか。
とにかく、いいかげんこのパターンは止めようよ、というのが最初の印象だったのだ。そんなことをしなくても、クックなら十分に魅力ある物語は作れるはずだ。
ところがどっこい。いやいや、中盤からは結局クックの術中にハマったというか。鼻につくあざとさを吹っ飛ばす力強さが、この物語にはある。ビリーとキャルの兄弟の絆。家族間のパワーバランス。次第に顕わになってゆくドーラの複雑な人間性と秘められた過去がサスペンスを盛り上げ、キャルは少しずつ核心に迫ってゆく。ラストの意外性もあり、まさに傑作の名に値する。
結末も今までのように救われないものではなく、はるかに温かなまなざしが感じられ、読後はしばらく言葉が出なかったほどだ。やっぱりクックは安心して人にオススメできる作家なのだ。
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