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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


フリードリヒ・グラウザー『砂漠の千里眼』(作品社)

 フレードリヒ・グラウザーの邦訳三冊目『砂漠の千里眼』を読了。スイスのメグレと評されるシュトゥーダー刑事シリーズの一冊。といっても前々作の『狂気の王国』では精神病院を舞台にした殺人事件、前作の『クロック商会』ではアルプスの小村を舞台にした陰謀を扱うことからもわかるように、あまりメグレっぽい事件を扱わないのが大きな特徴である(笑)。
 今回読んだ『砂漠の千里眼』でも、事件の発端は予見能力のある「千里眼伍長」が殺人事件?を予言するというもので、「どこがメグレやねん?」と思わずツッコミを入れたくなる設定なのだ。

 こんな話。
 パリ出張中のシュトゥーダーのもとへ一人の神父が現われ、奇妙な話を聞かせる。アルジェリアに駐屯している外人部隊に、「千里眼伍長」の異名を持つ兵士がいる。ある日のこと、その男に神父の死んだはずの兄が憑依し、スイスにいる亡兄の最初の妻と二番目の妻の死を予言したのだ。スイスに戻ったシュトゥーダーはさっそく二人の夫人の家を訪ねたが、予言のとおり二人は相次いでガス自殺を遂げてしまう……。

 触りだけでも興味深いが、実はここからさらにストーリーは飛躍し、妙な展開を見せていく。このまったりしたオフビート感がシリーズの魅力だ(って勝手に決めてるだけですが)。
 さすがに三冊目ともなれば以前ほどの驚きはないものの、そのオフビートに身をまかせて楽しむ分にはまったく問題がない。ちなみに先日読んだカーの『喉切り隊長』に警務大臣ジョゼフ・フーシェという重要人物が登場していたが、なんとシュトゥーダーがこのフーシェに化けるという件まであってなかなか笑わせてもくれる。

 以前の日記でも書いたが、個人的には主人公のシュトゥーダーはメグレというよりラヴゼイのピーター・ダイアモンドに似ていると思っている。そのくせ扱う事件や物語性はシュールな味すら漂うもので、独特の文体と相まって、難解な印象を強めている。社会派でもあり、哲学的でもあり、よく言えば本当に裏読みしがいのある小説なのだ。
 現代のミステリと比べてもかなりアクが強く、激しく読者を選ぶだろう。訳者の種村氏は、解説でこの作品を異色作と評しているが、いや、異色じゃない作品などグラウザーにはないに違いない。

 とはいえ作者がどこまで意識してそれを実践していたかどうかはわからない。
 これは想像でしかないが、グラウザー自身は当時の社会問題などをテーマにした物語を書こうとして、たまたまミステリという器を選んだだけではないだろうか。ところがグラウザー自身が持つ特殊な資質によって、それが社会派ミステリとならず、妙な方面に転んでいったのではないか。実際、いろいろと心の病に悩まされていたようだし、まず天然に違いないと思うのだが。
 当時の本国ではどのような評価を受けていたかが気になるところだ。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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