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エリス・ピーターズ『死体が多すぎる』(現代教養文庫)
なんだかこの二、三日急に冷え込んでいる。仕事で横浜に行ったのだが、いや冷える冷える。電車に乗っても温度差が激しく、しばし咳き込んでしまう。ああ、春はまだか?
咳き込みつつ電車内でエリス・ピーターズの『死体が多すぎる』を読了する。
1138年、イングランド王の死によって、国内は王の娘モードと従兄弟スティーヴンの二派に分かれ、継承権を巡っての内乱状態となっていた。スティーヴンに占拠されたシュルーズベリでは、捕虜の九十四人が処刑されるという悲劇も起こる。埋葬のため場内に向かったカドフェルだが、彼が見つけたものはなんと九十五人目の死体であった……。
この設定がなかなかにくい。チェスタトンの創造したブラウン神父による「木を隠すには森の中がよい、したがって死体を隠すなら戦場が最もふさわしい」というあの有名なセリフを地でいく展開なのだ。
ただ、本格ミステリとしての魅力はそれほどのものではない。というか、おそらくカドフェル・シリーズそのものが、本格の面白さを追求したものではないのだ。これまでは先入観で、このシリーズの特徴を歴史で味付けした本格推理小説とみていたのだが、それはおそらく間違いだ。
先日『聖女の遺骨求む』を読み、今回『死体が多すぎる』を読んで感じたのは、これは結局ホームズものを読む楽しみに近いのではないかということ。推理する魅力はあくまで味付けとして使われるにすぎない。その本質は、個性あふれる登場人物たちの魅力で読ませる冒険小説なのだろう。
ともあれ登場人物がここまでいきいきと、そして温かな視点で描かれたミステリはそうそうない。本書にも魅力的な人物が多数登場するが、一番の役者はやはりヒュー・ベリンガーだ。中盤まではカドフェルとベリンガーの対決が何といっても読ませる。知恵比べ、度胸比べといった趣の二人の駆け引きから、作者は徐々にベリンガーを嫌な奴から好漢に転じさせることに成功している。この持っていき方が実に巧みで、それによって殺人事件の行方も混沌としてくるのである。
冒頭の殺人事件を軸に、二人の対決が絡み、そして意外な展開を見せる後半は、まさにストーリーテリングの見本のような作品。カドフェルも活動的で、まさに中世のホームズである。ああ、まだこのシリーズが十八冊も未読とは、なんともラッキーだ。
咳き込みつつ電車内でエリス・ピーターズの『死体が多すぎる』を読了する。
1138年、イングランド王の死によって、国内は王の娘モードと従兄弟スティーヴンの二派に分かれ、継承権を巡っての内乱状態となっていた。スティーヴンに占拠されたシュルーズベリでは、捕虜の九十四人が処刑されるという悲劇も起こる。埋葬のため場内に向かったカドフェルだが、彼が見つけたものはなんと九十五人目の死体であった……。
この設定がなかなかにくい。チェスタトンの創造したブラウン神父による「木を隠すには森の中がよい、したがって死体を隠すなら戦場が最もふさわしい」というあの有名なセリフを地でいく展開なのだ。
ただ、本格ミステリとしての魅力はそれほどのものではない。というか、おそらくカドフェル・シリーズそのものが、本格の面白さを追求したものではないのだ。これまでは先入観で、このシリーズの特徴を歴史で味付けした本格推理小説とみていたのだが、それはおそらく間違いだ。
先日『聖女の遺骨求む』を読み、今回『死体が多すぎる』を読んで感じたのは、これは結局ホームズものを読む楽しみに近いのではないかということ。推理する魅力はあくまで味付けとして使われるにすぎない。その本質は、個性あふれる登場人物たちの魅力で読ませる冒険小説なのだろう。
ともあれ登場人物がここまでいきいきと、そして温かな視点で描かれたミステリはそうそうない。本書にも魅力的な人物が多数登場するが、一番の役者はやはりヒュー・ベリンガーだ。中盤まではカドフェルとベリンガーの対決が何といっても読ませる。知恵比べ、度胸比べといった趣の二人の駆け引きから、作者は徐々にベリンガーを嫌な奴から好漢に転じさせることに成功している。この持っていき方が実に巧みで、それによって殺人事件の行方も混沌としてくるのである。
冒頭の殺人事件を軸に、二人の対決が絡み、そして意外な展開を見せる後半は、まさにストーリーテリングの見本のような作品。カドフェルも活動的で、まさに中世のホームズである。ああ、まだこのシリーズが十八冊も未読とは、なんともラッキーだ。
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