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 小酒井不木の『疑問の黒枠』を読む。河出文庫から「KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ」の一冊として刊行された戦前の探偵小説。このシリーズも順調に刊行が続いているようで何よりだが、論創社が短編中心なので、こちらはぜひこういう長篇で攻めてもらいたいところである。

 さて『疑問の黒枠』だが、こんな話。
 名古屋で会社を営む村井喜七郎の死亡広告が新聞に掲載された。しかし、本人は死んでおらず、実はこれが何物かによって出された虚偽の広告であった。ところが村井はこれを面白がり、親しい住職と相談して、広告どおりに模擬葬式を出そうとする。
 そして葬儀当日。村井は死装束をつけて棺の中へ入り、その後、姿を現す段取りだったが、一向に出てくる気配がない。心配した周囲の者が棺の蓋を開けると、なんと村井は本当に死体となって発見されたのだ。
 さらには村井の娘・富子がその場から失踪し、医師の丸薬も紛失。富子の恋人・中沢保は村井に取り入っていた押毛が怪しいと騒ぐが、今度はその押毛もいなくなる始末。
 一方、村井の遺体は検死にかけられるべく、小窪教授のもとに届けられていた。小窪は木乃伊の研究を続けながら、犯罪にも一家言をもつ医学者である。だが、解剖のために小窪たちが安置所を訪れると、今度はその遺体、までもが消え失せていた。
 警察に協力して中沢保や小窪の助手・肥後も加わり、捜査は進められるが……。

 疑問の黒枠

 日本の探偵小説黎明期に多大な貢献を果たした不木の、これが長編第一作にあたる。そのせいか力の入り方は相当なもので、大丈夫かと思うぐらい次から次へと謎を提示し、サスペンス仕立てで物語を引っ張っていく。
 不木といえば医学知識を生かした怪奇風味の変格短編というイメージが強いのだけれど、本作に関してはきちんと本格としての興味も先行しており(ただし決してフェアではない)、短編の諸作品に比べるとスマートな印象である。

 ただ、そんな印象とは裏腹に、実はプロットは相当に複雑であり、真相もこてこて。登場人物も無駄な人は一切いませんというぐらい重要な役割を振られ、全員が犯人とは言わないけれど(苦笑)、まあ関係者の多いこと。
 その結果として辻褄を合わせるための御都合主義も少なくはなく、とにかくプロットがストーリーに上手く落としこまれていないのが痛い。読んでいてちぐはぐな印象はどうしても否めず、そこが本作の大きな弱点といえるだろう。

 とはいえ、そういった粗に目をつぶってあげるなら、本作の探偵小説としての熱量は素晴らしいものがあり、個人的にはまずまず楽しむことができた。
 特に本作の探偵役(これ自体も一つの興味なので、誰とは書かないが)の事件における役割や立ち位置がなかなか面白く、この時代の日本でこういうアイディアを形にしたというだけでも、読む価値はあるといっておこう。


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 ジョルジュ・シムノンの『片道切符』を読む。1942年に刊行されたノンシリーズ作品で、いわゆる心理小説と呼ばれるもの。
 シムノンはメグレ警視ものだけではなく、数多くの心理小説も残したが、そもそも心理小説とはフランス文学のお家芸みたいなもので、人間の心の微妙な綾を簡潔な文体で表現し、克明に分析しようとするのが特徴。この説明がそのままシムノンの小説の説明にも当てはまる。

 こんな話。
 殺人罪で逮捕され、仮釈放の身となったジャン。たいした目的もないままバスに乗り込んだが、そこで
同じバスに乗り合わせた中年の未亡人タチの荷物(孵卵器)運びを手伝ったことがきっかけで、そのままタチの家に下男として住み込むことになる。ジャンはタチの情夫となるが、そこにタチの姪フェリシーが現れて……。

 片道切符

 流れ者が女と知り合い、痴情のもつれから再び人を殺してしまう、ただ、それだけの物語。だが、殺す側にどういう理由があったのか、それが直接的に語られることはなく、シムノンはあくまで登場人物たちの行動からそれをイメージさせる。
 とりわけ主人公のジャンが無口なキャラクターであるため、彼が前科者であることや実は街の有力者の息子であることも最初は隠されており、そういった事実が少しずつ明らかになるたびに読む側としては軽くショックを受け、ジャンがどのような人間なのか想いを巡らせてしまうわけである。
 ただ、一見なんの希望もなく虚無的に見えるジャンだが、タチ&フェリシーとのやりとりやたまに差し込まれる過去の回想によって、実は重度のストレスを抱えていることも窺える。それが近い将来のカタストロフィを予想させ、良質の心理的サスペンスを生んでいくのだろう。
 シンプルだが、シムノンの上手さを再認識できる佳作である。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』をようやく視聴。全九部作の八作目にあたる本作は、監督がJ・J・エイブラムスからライアン・ジョンソンにバトンタッチされ、普通に楽しめる作品にはなっているけれど、やはり不満はないではない。

 スターウォーズ最後のジェダイ

 本作は前作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』からダイレクトにつながる物語で、大きくは二つの軸で流れていく。
 ひとつはファースト・オーダーによって追い詰められていくレジスタンスのストーリー。もうひとつは覚醒したレイがルークと会うストーリーである。
 もちろんそのふたつの流れが最後には一つにまとまるわけだが、レジスタンスのほうには、さらにサイドストーリー的にレジスタンスの若きリーダー・ポーや元ファースト・オーダの脱走兵・フィンの流れもあったりで、三時間弱という尺を飽きさせない工夫はさすが。

 ドラマとしてはかなり微妙な出来か。善と悪の戦いというよりは、銀河の覇者の候補たちの世代交代劇のように見えてしまった。敵も味方もぽんぽん死にすぎであり、これが感動にいまひとつ結びつかないところに本作最大の弱点があるように思う。
 サイドストーリーの詰め込みすぎも影響しているのだろうが、やはりこういう映画なのだから、テーマとストーリーはきちっと見せておくべきだろう。

 他にもけっこうな不満や疑問はあるのだが、 まあ、そもそもが本作はミドル・ストーリーなので野暮はやめときましょう。普通にアクションSF映画としてみればそれなりによくできた作品であることは確かだし。
 ただ、このまま次で本当に完結するのかどうか、かなり不安だなぁ(苦笑)。


 日本のミステリ史に燦然と輝く名探偵といえば、なんといっても乱歩が創り出した明智小五郎を忘れてはならない。集英社文庫の〈明智小五郎事件簿〉は、そんな明智の活躍を事件発生順にまとめたシリーズであり、本日の読了本『明智小五郎事件簿XI「妖怪博士」「暗黒星」』は、その十一巻目にあたる。

 明智小五郎事件簿XI

 まずは「妖怪博士」から。
 少年探偵団の一員、相川泰二君が帰宅途中のこと。曲がり角に差し掛かるたび、何やら道路にマークを記している奇妙な老人と遭遇する。その怪しげな様子が気にかかり、泰二君はこっそり後をつけ、ある洋館に忍びこんだ。だが、そこで待ち受けていた蛭田博士と名乗る男に捕まってしまい……。

 乱歩が書いた子供向け作品、いわゆる少年探偵団ものとしては「怪人二十面相」、「少年探偵団」に続く三作目にあたる。
 内容としても前二作を踏まえたもので、明智たちにしてやられた二十面相が明智や少年探偵団に対する復讐を行うというもの。 とにかくこれでもかというぐらい徹底的な二十面相の復讐譚が見もので、明智はともかく、なぜ子供相手にそこまで執着するのか理解不能である。
 ただ、二十面相が子供相手に真剣にやってくれるところが当時の子供の心に響いたことは間違いなく、ストーリーやトリックなどは前二作より劣るが、エネルギーとしては相当なものだ。
 とりあえずこの時点で乱歩も二十面相ものに一区切りつけるような意図はあったのだろう、ラストでは二十面相が完敗を認めており、二十面相の再登場はなんとほぼ十年後になってしまう(まあ、実際は戦時という事情も大きいのだけれど)。


 お次の「暗黒星」は大人向けの一作。
 関東大震災の大火を免れた東京の一角にとある洋館があった。そこには奇人資産家として知られる伊志田鉄造氏の一家が住んでいた。
 ある日、一家が揃って十六ミリフィルムの映像を眺めていると、なぜか家族の大写しの場面で映写が止まり、フィルムが焼けてしまうというアクシデントが続発する。その不吉な出来事に、長男の一郎が最近身の回りで起こっている怪しい出来事を告白するが……。

 地球に衝突しようとしているのに誰にもまったく気づかれない光のない星、それが暗黒星だ。明智は事件の真犯人をその暗黒星になぞらえているが、このタイトルこそ格好いいものの、実はそれほど評価の高い作品ではない。
 舞台がほぼ屋敷で起こっているというのに、それに対応できない明智と警察があまりに非力というか間抜けというか。使い回しやミステリとしていかがなものかというネタもありで、この時期に書かれた作品の中でもかなり落ちるほうだろう。
 ただ、家族で十六ミリを観る導入からけっこう雰囲気はいいし、全体的にこじんまりした感じが意外に好ましく、個人的にはそれほど嫌いな作品ではない。

 ともかく、これでようやく〈明智小五郎事件簿〉読破にリーチ。残すはいよいよ最終巻の『~XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」 』である。


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 ティモシー・フラーの『ハーバード同窓会殺人事件』を読む。
 著者についてはほぼ予備知識ゼロ。なんでもハーバード大学在学中に『ハーバード大学殺人事件』でデビューし、生涯で五冊のミステリを残した。その全作に登場するシリーズ探偵ジュピター・ジョーンズは、ハーバード大学で美術を教える講師であり、犯罪に興味をもつアマチュア探偵である。

 本作は1941年に発表された本格ものの一冊。
 ハーバード大学の同窓会が催され、全米各地から会場のホテルへ集まってくる卒業生たち。ところが隣接するゴルフ場で、卒業生の一人ノースが射殺死体となって発見される。
 そのころノースと相部屋になっていたライスが部屋で目を覚ましていた。彼は自分の右手についていた傷や衣服に血がついていることに気づくが、いかんせん飲み過ぎたせいで昨晩の記憶も定かでない。やがてノースの事件を知らされ、昨晩はどうやらその格好でホテル内をうろつき回っていたことを思い出す。
 このままでは自分が疑われる可能性は高い。不安になったライスは素人探偵として名高い親友ジュピターに連絡したが、なんとジュピターは結婚式を明日に控える身。ジュピターは結婚式までにライスを助けるべく、新郎ベティとともにホテルへ向かったが……。

 ハーバード同窓会殺人事件

  全体のテイストだけみると典型的なユーモアミステリのようにも思えるが、本作の魅力はそれだけではない。
 まず注目すべきは、某有名作品と同じトリックが本作で使われていること。かなり特殊なネタなので、他の作家が流用するにはかえって度胸がいると思うが(著者が某有名作品を知らなかった可能性もないではないが)、まったく異なるシチュエーションで組み立てているのでそれほどパクリというような印象はない。
 まあ本家ほどの鮮やかさはないし、本家が抱えていた主題を少々おざなりにしている欠点はあるのだけれど、しっかり独自の作品にまとめているといっていいだろう。
 本作の前半では、ジュピターたちが卒業生の寄稿したクラスレポート(近況報告)を読みながら、それぞれの卒業生に聴き取りを行うシーンがあるのだけれど、結末を知ってからクラスレポートを読み直すのも一興である。

 もうひとつ注目したいのは、本作の裏テーマともいうべき側面。
 被害者をはじめとして登場人物はみなハーバードの卒業生である。そんな彼らが十年という時を経てそれぞれの人生を歩んでいるわけだが、ちょうど戦時ということも相まって、必ずしもエリートとしての道ばかりではない。
 同窓会という舞台はそんな人生の岐路を考えさせる装置であり、明快な答えはないけれども著者のメッセージはじわっと染みてくるところがあり、なかなか捨てたものではない。
 ちなみに『ハーバードからの贈り物』という本があるのだが、同書にはハーバード・ビジネススクールの教授の「同窓会には出るな」という内容の話が載っている。
 五年目や十年目の同窓会に出ると、どうしても同期の年収や出世が気になって、短絡的な道に進みがちである。自分が本来めざしていた目標を見失いがちになるので、きちんと長期的な展望を持ちなさいという話だ。
 そういう話を頭に入れて本作を読むと、より深く楽しめるのではないだろうか。

 ということで、これはけっこう拾いものであった。他の作品の出来はわからないが、このレベルなら紹介を続けてもよいのでは。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 このところ江戸川乱歩関連の出版が相次いでいるようで。2015年が乱歩没後50年ということでいろいろな企画が行われたが、その後も勢いは衰えず、ずっと乱歩ブームが続いているような印象である。
 最近の出版で目につくところでは、ビジュアル本の『怪人 江戸川乱歩のコレクション』をはじめ、岩波文庫の短編集、集英社から出た評論『江戸川乱歩と横溝正史』、変わったところでは集英社文庫の「明智小五郎事件簿」の編者としても知られる平山雄一氏が書いた『明智小五郎回顧談』なんていうのもある。それらもすべて買っているので、これからぼちぼち消化していこうとは思っているのだが、とりあえず本日は新潮社〈とんぼの本〉『怪人 江戸川乱歩のコレクション』を読んでみた。

 怪人江戸川乱歩のコレクション

 さて、その内容だが、〈とんぼの本〉という性質もあって、基本はビジュアルメインであり入門書的な一冊。乱歩が残した数々の“モノ”を写真で紹介しつつ、そこから乱歩のもつ特殊な嗜好や人物像を感じとってもらって、さらには著書に興味をもってもらえればという乱歩入門ガイドである。

 アプローチとしては面白いのだが、正直、乱歩入門者向けというよりは、これはマニア向けだろう。乱歩の作品にのめりこんだあまり、乱歩の愛した“モノ”にまで興味をもってしまった人、あるいは市井の乱歩研究者、そのぐらいの人でなければ、普通はこんな本は楽しめない(苦笑)。
 ただ、マニア向けとするなら、今度はテキスト面(掲載写真の解説)での不満が残る。乱歩の生涯とかも掲載されているが、ほんと申し訳程度のレベルである。また、巻末の近藤ようこ氏による漫画「お勢登場」も作品としては別に悪くないのだが、ページ数の調整で入れた感が無きにしも非ず。

 結局、初心者向けなのかマニア向けなのか、編集方針がはっきり打ち出されておらず、それが本づくりにも悪影響を与えたような一冊であった。


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 新年明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 年末年始はいつものごとく寝正月。元日は遅めに起きてお雑煮の下拵えをしてから初詣。この数年は仕事がめまぐるしいのと、年のせいか体調がいまひとつなのもあって、今年はなんとか平穏な一年を送らせてくだされと諸々お願いする。


 さて、今年最初の一冊は論創ミステリ叢書から『蘭郁二郎探偵小説選II』。
 前期の変格探偵小説から後期はSFに移行した蘭郁二郎だが、その後期にも探偵小説はけっこう書いていたそうで、それをまとめたものが論創ミステリ叢書版『蘭郁二郎探偵小説選』。昨年に読んだ『~I』ではシリーズものが収録されていたが、本書はノンシリーズものというラインナップだ。

 蘭郁二郎探偵小説選II

「息を止める男」
「足の裏」
「蝱(あぶ)の囁き――肺病の唄―― 」
「鱗粉」
「雷」
「腐った蜉蝣(かげろう)」
「ニュース劇場の女」
「黄色いスヰトピー」
「寝言レコード」
「死後の眼(まなこ)」
「黒い東京地図」
「設計室の殺人」
「匂ひの事件」
「睡魔」
「楕円の応接間」
「電子の中の男」
「古井戸」
「刑事の手」

 収録作は以上。前期の変態ちっくな探偵小説ではなく、後期作品らしくSF的なアイディアが盛り込まれたスマートな本格ものという印象。まあ、トリックなどは推して知るべしといったところだが、本格の香りは意外に濃く、それなりに楽しめる。
 個人的な好みは乱歩の影響も感じられる「息を止める男」、「足の裏」、「蝱(あぶ)の囁き――肺病の唄―― 」あたり。ただ、実はこれらは前期変格系の作品で、ちくま文庫の『怪奇探偵小説名作選〈7〉蘭郁二郎集 魔像』にも採られている。意図はよくわからないが、このあたりの作品もあえて収録しているところに編集方針のぶれがうかがえ、少々気になってしまった。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 2017年も本日でお終い。仕事も読書もまずまず順調な一年ではあったが、今月は諸般の事情で例年以上に忘年会が多く、ややグロッキー気味である。仕事納めは28日だったが、その週もほぼ連日飲み会が続き、ようやく休暇になっても29日、30日は自宅の大掃除でもうヘロヘロ。大晦日の本日はようやく少しゆっくりできて、こうして今年最後のブログ更新などやっている。

 さて、今年最後のブログ更新は年末恒例「極私的ベストテン」。
 管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶというもの。近年のベストテン級作品の読み残しをさらったせいで、今年は昨年に続いて非常に苦労したのだが、なんとかまとめてみた十冊がこちら。

1位 陳浩基『13・67』(文藝春秋)
2位 ケン・リュウ『母の記憶に』(新ハヤカワSFシリーズ)
3位 デニス・ルヘイン『夜に生きる』(ハヤカワミステリ)
4位 アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』(ハヤカワ文庫)
5位 陳舜臣『炎に絵を』(出版芸術社)
6位 ジョー・ネスボ『その雪と血を』(ハヤカワミステリ)
7位 ジョルジョ・シェルバネンコ『虐殺の少年たち』(論創社)
8位 吉屋信子『鬼火・底のぬけた柄杓』(講談社文芸文庫)
9位 アレクサンル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』(創元SF文庫)
10位 笹沢左保『人喰い』(中公文庫)

 いやあ、苦労した。今年はとりわけ選ぶのに苦労してしまった。上でも書いたがここ数年の翻訳ものの読み残しをぼちぼち拾っていったせいでむちゃくちゃハイレベルになってしまい、R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』まで圏外という始末である(苦笑)。
 もちろん『フロスト始末』がつまらないというわけではなく、管理人の好みがあったり、その作品がもつオリジナリティやユニークさをけっこう意識して選んでいるため、なかには他人が読んだら「え?」というものも入っている。まあ、そういうところも含めて、極私的ベストテンなのであしからず。

 1位の『13・67』は今年の翻訳ものの大収穫。香港発の警察小説ということで、その稀少性はもちろん警察小説としてもハイレベル、しかも本格としてもキレッキレの一作。これだけのオリジナリティを高いレベルで発揮されては、さすがに一位以外は考えようがなかった。

 2位はケン・リュウの邦訳短編集第二作。バラエティ感やエンタメ度の高さでは、大ブレイクを果たした『紙の動物園』以上である。

 3位&4位はは犯罪小説枠。前者はプロフェッショナル、後者はアマチュアが主人公だがどちらも読みどころ満載でこれまた文句なしに楽しめる作品である。

 翻訳物に押されがちな今年の極私的ベストテンだが、その一角を崩したのが5位に入った陳舜臣。シリーズものも悪くはないが、この作品は別格であろう。

 6位は初めて読んだネスボ作品。殺し屋を主人公にしたパルプ・ノワールで叙情性にあふれる作品だが、それに身を委ねていると思わぬ背負い投げを食らってしまうこの快感。

 7位の『虐殺の少年たち』はイタリアミステリ界の父の傑作。知名度は落ちるが、もっと読まれてほしいし、もっと翻訳されてほしい作家だ。

 8位の吉屋信子は昨年もちくま文庫の怪談傑作選を入れたが、この人の狙う間接的な恐怖へのアプローチがとにかく怖いし巧い。

 9位は子供向けで読んだときの印象が強く、かなり思い出補正はかかっているのだが、いやいや今読んでも十分素晴らしい。序盤のSF的な設定の興味から中盤以降の冒険小説的な展開まですべてが面白い。

 ラストは今年の個人的注目株、笹沢左保から。初期長編を立て続けに読んでいずれもよかったが、サスペンスのお手本として本作をチョイス。

 以上十作が2017年のベスト。ただし、涙をのんで外した作品もまた多いわけで、以下、順不同で挙げておくと、シャーリイ・ジャクスン『なんでもない一日』(創元推理文庫)R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』(創元推理文庫)R・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』(ちくま文庫)梶龍雄『リア王密室に死す』(講談社ノベルス)フリードリッヒ・デュレンマット『約束』(ハヤカワ文庫)新羽精之『新羽精之探偵小説選II』(論創社)マーガレット・ミラー『雪の墓標』(論創社)多岐川恭『お茶とプール』(角川小説新書)J・J・コニントン『レイナムパーヴァの災厄』(論創社)マイクル・コナリー『転落の街(下)』(講談社文庫)あたりは読んで損はない。

 さらに小説以外では、戸川安宣『ぼくのミステリ・クロニクル』(国書刊行会)木原善彦『実験する小説たち 物語るとは別の仕方で』(彩流社)フランシス・M・ネヴィンズ『エラリー・クイーン 推理の芸術』(国書刊行会)喜国雅彦、国樹由香『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(講談社)がいずれも力作ぞろい。ミステリや小説のお勉強をするなら、こういう本もぜひ、という一冊である。

 ということで今年も探偵小説三昧、いよいよお別れの時間となりました。今年も管理人のお遊びにおつきあいいただき、本当にありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは皆様、よいお年を!

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 この数年、昭和の推理作家を意識して読んでいるが、今年その魅力を実感できたのは笹沢左保か。特に『招かれざる客』、『霧に溶ける』、『人喰い』あたりの初期長編は、トリックなどにはやや難もあるが本格魂にあふれ、どれも凝ったプロットで非常に楽しめた。

 本日の読了本はそんな笹沢左保の短編集『六本木心中』。まずは収録作。

「六本木心中」
「純愛碑」
「向島心中」
「鏡のない部屋」
「銀座心中」

 六本木心中

 初期の短編集で、いずれの作品も何らかの死や犯罪を扱っており、犯罪小説的な香りは濃厚なのだがミステリとしての興味は薄い。どちらかというと風俗小説や中間小説というほうが適切なのだが、そもそも本作は笹沢左保がそういう方向性に挑戦した作品集だ。
 中心に据えられたのは人の死に秘められたさまざまな人間模様。著者自身の女性観や愛憎、人間不信などがいろいろな形で綴られている。初期のミステリ作品を見ても、そういった要素は少なからずあったのだが、本作を読むとむしろこちらのほうが著者の本領ではないかといういう感が強い(いや実際そのとおりなんだろうけれど)。
 まあ、それぐらい力作ぞろいの短編集である。

 表題作の「六本木心中」は、孤独を募らせる若い男女の六本木での出会いを描く。新興の盛り場として急速に人が集まりだしていた六本木と、主人公たちの抱える寂寥感の対比が印象的。

 「純愛碑」は本書中のベスト。女性不信に陥っている男が、愛について考え直すきっかけになった事件とは……。決してミステリではないのだけれど、この皮肉なオチのつけ方によって、何ともいえない読後感を残す。

 「向島心中」は、向島で無理心中した売れっ子芸者と新進シャンソン歌手の物語。元同級生の二人はいまや立場が逆転した形で再会したが、それだけでは済まされない因縁があった……。

 「鏡のない部屋」は醜女の女性を主人公にした悲惨な物語。現代では考えられないような周囲の言動がさすがに時代を感じさせる。後味も苦くて、これはちょっと好みではないな。

 「銀座心中」は銀座のとあるデパートで起こった心中事件を描く。これまたほろ苦い真相が待ち受け、ラストシーンではなんともいえない余韻を残す。


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 「クリスマスにはクリスティを」というわけでもないのだが、本日は四十三年ぶりに再映画化されたアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』の感想を。

 オリエント急行殺人事件

 クリスティの代表作として非常に有名な作品ではあるが、中身はほぼ聴き取り捜査に終始し、実はストーリーとしてはいたって地味な作りの本作。それでもどこかワクワクしてしまうのは、寝台列車オリエント急行という魅力的な舞台装置と、豪華俳優陣によるそろい踏みがあるからだろう。

 本作でも監督にしてポワロを演ずるケネス・ブラナーをはじめ、ジョニー・デップ、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドル、ジョシュ・ギャッドなどなど、まあよく集めたもんだというラインナップ。
 一人一人の見せ場もそれほど多くないのにこれだけのキャストが出演するのは考えるとすごいことだが、そこは制作サイドも抜かりはなく、まず大御所ジュディ・デンチの出演をとりつけたらしい。言葉は悪いが、彼女がいってみれば撒き餌。ほかのキャストは「彼女が出るならぜひ」ということで決まっていったのだという。

 お話しそのものは説明するまでもないだろう。たまたまポワロが乗車していたオリエント急行内で大富豪ラチェットが全身を十二個所も刺されて殺害されるという事件が起こる。犯人は車内にいる乗客か乗務員の誰かのはず。しかし全員にアリバイがあり……というもの。

 まあ、言わずとしれたクリスティの傑作だから、原作を読んだことがない人であれば文句なしに楽しめるはずだが、問題は原作や以前の映画ですでに結末や真相を知っている人だ。
 その割合は決して低くないと思われるが、ケネス・ブラナーはそんな人たちに対して、オリジナルのシーンや解釈を付け加えることで新味を出そうとしたようだ。それがいくつかのアクションシーンやテーマの掘り下げとなって表れている。

 だが個人的にはここがかなり微妙な感じであった。
 たとえばポアロがおそろしいほど活動的で、その挙げ句に銃弾による傷を負ったりする。はたまた終盤では正義と悪の狭間で苦悩するポワロの姿がクローズアップされる。そのどちらの姿もシリアスすぎていまひとつポワロのイメージに合致しない。
 全般的にはコアなファンはとりあえず脇に置いといて、一般の映画ファンにアピールすべくエンタメ性を向上させたというのが本作の大きな方向性だとは思うが、ううむ、悪くはないのだけれどキャラクターの性質までいじるのはどうなんだろうなぁ。そこそこよく出来ている映画なので、そういう部分がよけいに気になってしまった。

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