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 創元推理文庫の古いところで、ウィリアム・ハガードの『殺し屋テレマン』を読む。
 著者は1950年代後半にデビューした英国の作家。スパイスリラーで売り出し、チャールズ・ラッセル大佐・シリーズが人気となり、第二のイアン・フレミングとして注目された。
 「第二の○○」みたいな売り文句はだいたいアテにならないことが多いが、ウィリアム・ハガードは第二次世界大戦時には情報将校を務めており、その経験が生きたか、単なる二匹目のドジョウで消えることもなく、1990年あたりまでは安定して作品を発表していたようだ。
 本作はそんなハガードの初期のノンシリーズ作品である。

 まずはストーリー。
 英国の植民地として統治されるセント・クリー島。これまでは地図にも載っていないほどの小さな島ではあったが、一帯が油田地帯である可能性が発見され、がぜん注目が集まっていた。
 その利益をめぐって関係者が水面下で動くなか、英国にとって最大の脅威は、隣国の独裁者から派遣された破壊工作員テレマンの存在だった……。

 殺し屋テレマン

 なるほど。007シリーズのヒットに便乗したスパイスリラーという先入観で読み始めたが、まったくそんなことはなく、かといってもちろんル・カレのようなシリアスなスパイ小説というわけでもなく、これは完全に冒険小説といったほうがいいだろう。
 諜報戦や組織的な戦略、駆け引きみたいな要素はほとんどなく、むしろ男対男の真っ向勝負を描くところが本題で、かつ読みどころとなっている。

 主人公は油田を管理するユニバーサル社の現場監督、デイビッド・カー。パイオニア精神に溢れ、安定した生活を嫌うタイプである。だからといって破天荒とか粗野なわけではなく、礼節を重んじ、弱きを助ける男でもあり、地元民族にも尊敬され慕われている。まあ、絵に描いたような冒険小説の主人公だ(苦笑)。
 破壊工作員テレマンもそんなデイビッドの存在に気づき、彼の存在こそが目的達成のための障害と考え、まずはデイビッドを亡きものにしようとする。
 ところがテレマンもまたデイビッドと同じように仕事や生き方に関しては高いプライドをもっている。デイビッドの人柄を知るにつけ、彼に対しては卑怯な手を使わず、男同士の戦いをしたいと望むようになる。
 このあたりがスパイ小説というより冒険小説と呼びたくなる大きな要因なのだが、残念なのはここをあまりにやりすぎてしまったことだ。

 つまり、騎士道精神にのっとった戦いを前面に打ち出すあまり、随所に不自然で納得のいかない展開が見られるのである。
 例えば、テレマンがデイビッドに対して畏敬の念を抱くきっかけになったエピソードがひどい。なんとテレマンが地元民族に捕まって袋叩きにあい、それをデイビッドが助けるのである。
 いや、助けるのはいいとして、それにテレマンが恩義を感じるのもいいとしても、テレマンが地元民族にあっさりやられるというのはいかがなものか?(笑) この後も二人は度々出会い、その度にテレマンはデイビッドに対してその気持ちを表明していく。そんな暇があったらさっさと暗殺しろよという話なのだが、どうにもクライマックスまでの伏線がくどすぎる。

 テレマン絡みのエピソードだけでなく、本作は全般的にデイビッド万歳の描写が多く、これらもちょっと萎える要因である。まだデビュー二作目の作品ということで小説がそもそも巧くないこともあるのだろう。
 ただし終盤のアクションはそれなりに面白いだけに、よけいこれらの欠点がもったいなく感じてしまった。

 ハヤカワミステリではチャールズ・ラッセル大佐ものがけっこう翻訳されているのだけれど、ううむ、今後そちらを読むかどうかは微妙なところである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 先日読んだ『殺意という名の家畜』に続いて、もういっちょ河野典生。ただし今度はハードボイルドではなく、著者のもうひとつの顔、幻想小説の分野からセレクト。ものはコメントでよしだまさしさんからもオススメのあった短編集『街の博物誌』。
 収録作は以下のとおり。

「序曲 ある日、ぼくは聞いた」
「Part 1 メタセコイア」
「Part 2 ベゾアール・ゴート」
「Part 3 マッシュルーム」
「Part 4 直立原人」
「Part 5 ネオンムラサキ」
「間奏曲 プレリードッグ」
「Part 6 空についての七つの断章」
「Part 7 ザルツブルグの小枝」
「Part 8 ニッポンカサドリ」
「Part 9 トリケラトプス」
「Part 10 クリスタル・ルージュ」
「終曲 さあ、どこへ行こうか」

 街の博物誌

 本書に収められた各作品にはすべて動植物が登場し、それらに邂逅した街の人々の反応や暮らしを描く連作集となっている。
 動植物は一般的なものもあれば珍しいものもあるけれど、重要なのはそこではなく、それらが現れるシチュエーションである。決してそれらが出現するにふさわしい自然の中ではなく、街の中。それも仰々しい形ではなく、人々が生活する日常のなかでふと垣間見てしまった、そんな状況なのである。
 メタセコイアやネオンムラサキ、トリケラトプスといった動植物の数々。それは現実なのかあるいは異次元の世界なのか。そしてその在りえない現象に大騒ぎするのか、それとも日常のひとつとして受け止めてしまうのか。そういった人々の心の中も含め、著者は非常に叙情的にその顛末を見せてくれる。
 ストーリーらしいストーリーはほとんどなく、幻想的なイメージで読ませるといった方が適切だろう。ひとつひとつの作品はまるで詩のようでもあり、ゆったりと作品に心を委ねるようにして読むのが心地よい。

 それにしても河野典生といえば日本ハードボイルドの先駆者としてのイメージが個人的には強かったので、ずいぶんとかけ離れた作品集で最初はかなりとまどったのも事実。
 ただ、調べてみると、もともと河野典生は学生時代から詩や戯曲、幻想小説の方面で活動していたようで、むしろハードボイルドのほうが後なのである。ハードボイルドは劇団やテレビの脚本作りから派生してきた興味なのかもしれないが、まあ本書のような幻想小説を書くようになってからも、ハードボイルドも並行して書いていたというのはちょっと驚いてしまった。何か共通するところがあるのか、あるいは正反対な世界だから両立できたのか、この辺りも興味深いところである。

テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 コリン・ワトスンの『浴室には誰もいない』を読む。一作目の『愚者たちの棺』が紹介されたとき、版元がディヴァインを引き合いに出して英国の本格派とやったもんだから、読み終えて何となく違和感を感じた読者も多かったのではなかろうか。
 かくいう管理人もスタイルとしてはむしろ本格よりは警察小説に近いかなとか、シリーズ全体の狙いだとかが気になって、内容は悪くなかったけれど、どこかしっくりこなかったことも事実。もちろんどんな作風・ジャンルであろうと面白ければそれでいいのだが、今回もバークリー激賞とか法月倫太曰く「ワトスンの魅力に開眼した」とか景気のよい推薦文が踊っているので、逆にちょっと不安(苦笑)。
 とりあえず本書ではとにかく著者の狙いというか作風というか、そのあたりをすっきりさせてもらいたいというのが裏テーマであった。

 こんな話。
 田舎町であっても人は素朴で善良とは限らない。港町フラックスボローに住む人々もまた都会人と何ら変わず、ひとクセもふたクセもある者ばかり。今日も今日とて警察に怪しい匿名の手紙が届き、パーブライト警部は捜査に向かう。
 そこは家主と下宿人のセールスマン、二人の男が住む一軒家。しかし、二人とも行方は知れず、あろうことか浴槽では人間が硫酸で溶かされた痕跡が発見される。どちらかがどちらかを殺害したのか、それとも二人とも事件に巻き込まれたのか。
 そこへ現れたのが、場違いな感じの情報部員二人組。彼らは警察に下宿人の素性を明かし、独自の調査にとりかかる。果たしてその結末は……?

 浴室には誰もいない

 ああ、なるほど。今度はこうきたか。
 バークリーが激賞する理由は何となくわかる気がする。バークリーの作風自体、オーソドックスな本格ミステリの体をとりながら、実はその裏で常に本格ミステリそのものの可能性を面白おかしく実験しているようなものが多いわけで、コリン・ワトスンもそれに通ずるところがあるのだ。
 本作で注目されるのは何といっても情報部員の存在だろう。シリーズ探偵であるパーブライト警部との捜査合戦というスタイルをとりながら、その実、そこに推理合戦の要素はほとんどない。それどころか情報部員たちはもっぱらスパイスリラーのパロディのような存在として描かれる。さらには被害者と思しき男の素性や行為が明らかになることで、ガッツリとダメを押す念の入れ具合。この意地悪さはバークリーとも共通する部分だ。
 また、単にスパイスリラーのパロディを味付けとするだけでなく、なおかつ本格ミステリを成立させる一要素として融合させるところが、本作の大きなポイントだろう。プロットやトリック、ロジックなど、本格ミステリを構成するのに必要な要素はいろいろあるが、思うにそういった通常の要素、枠組みといってもいいのだが、それをひとひねりしてトライアルするのがコリン・ワトスンの特徴なのかもしれない。
 まあ、完全に成功しているかと言われればちょっと無理やりなところもあるわけで、この辺が評価の分かれ目か。しいていえば本作では動機が肝になるわけだが、いやあ、よくやるわ、としか言いようがない。まあ、嫌いじゃないけれど(苦笑)。

 ただし。ただしである。『愚者たちの棺』と『浴室には誰もいない』をもってワトスンをこういうタイプというには、実はまだ早い気もしている。もしかしたら著者は毎回、方向性を変えているふしもあるわけで、これを確かめるには残りの作品も読むしかないのだろう。
 ということで、こうなったら創元推理文庫には今後も精力的に翻訳を進めてもらいたいものである。

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 ちょいと懐かしいところで河野典生の『殺意という名の家畜』を読む。
 著者は日本ハードボイルドの草創期に活躍した作家で、大藪春彦、高城高と並んで日本のハードボイルド三羽烏と称されることもある。
 ただし、いま現在の知名度においてはかなり開きが出てしまっているようだ。角川映画をきっかけに大ブレイクした大藪春彦、ここ十年ほどで再評価が進み、復刊や新作が相次いだ高城高と違い、ほぼ忘れられた作家になりつつある河野典生。数年前に亡くなったときが、最後のニュースとなったのではないだろうか。

 『殺意という名の家畜』は日本推理作家協会賞に輝いた作品で、著者の代表作のひとつといってよいだろう。
 こんな話。

 若くして犯罪小説家としてデビューした岡田晨一。そんな彼のもとへ、昔、一度だけ関係をもった星村美智から深夜に電話があった。今すぐに会ってほしいという彼女の頼みだったが、仕事の疲れから岡田は明日にしてくれとそれを断ってしまう。次の日の朝、彼女は郵便受けにはメモを一枚残し、そのまま失踪した。
 その翌日。星村美智の婚約者だというテレビ局のディレクター・永津が岡田のもとを訪ねてきた。事情を聞くうち、何とはなしに興味を持つ岡田。そして永津の頼みをきき、彼女の行方を捜し始めるのだが……。

 殺意という名の家畜

 おお、正統派ハードボイルドである。しかもなかなかのレベル。ハードボイルド三羽烏のうち河野典生だけが忘れられた存在になりつつあるが、その理由は作品のせいでは決してないだろう。

 失踪者の捜索。それも自分がかつて一度だけ関係をもった女性の捜索という導入が、まずそれっぽくていい感じだ。
 そもそも主人公には彼女を捜す義理や関係性はほとんどない。しかし、いくつかの断片的な記憶や事実が心に小骨となって引っかかり、それが主人公を突き動かしてゆく。
 実はこういうディテールがハードボイルドでは重要で、あからさまに主人公の心情を描くのではなく、そういう簡潔な描写の積み重ねによってイメージを読者に伝えるのが作者の腕の見せどころなのである。本作の場合、なぜ主人公が調査に乗り出すのか、その心情が静かに伝わってきて、そういう意味で河野典生はハードボイルドの本質をきちんと掴んでいる。
 ただ、基本的には巧い文章だとは思うのだが、ところどころ走りすぎというか、わかりにくい描写も見られるのがやや気にはなった。

 ストーリーはそれほど派手ではなく、事件のスケールもまずまずといったところなので、昨今の読者にはやや地味に思われるところはあるだろう。加えて、地道な調査によって少しずつヒロイン星村の素性が明らかになるところ、事件の背後にあるものが徐々に浮かび上がる構図も、非常にオーソドックスだ。
 しかしながら、この時代にあって、既にここまで完成されたハードボイルドをものにしていることが素晴らしいのであって、むしろこれは賞賛すべきだろう。
 一応はサプライズも用意されているし、トータルでは意外なほどそつのない作品に仕上がっている印象である。ハードボイルドファンなら一度は読んでおいて損はない。

 なお、著者はハードボイルドでスタートしたものの、実は途中でスランプに陥り、復帰以後はSFや幻想小説に手を染めるようになった。こちらのジャンルの代表作もそのうちに読んでみたい。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 立川のシネマシティで映画『ドクター・ストレンジ』(監督:スコット・デリクソン)を鑑賞。ベネディクト・カンバーバッチが主演ということ、マーベルのアメコミが原作ということは知っていたが、そのほかの知識はまったくなく、決め手は単純にテレビの予告編のCMである。高層ビルや街がねじれる映像がけっこうなインパクトだったので、単純に興味を持ってしまった次第。

 こんな話である。
 スティーヴン・ストレンジは数々の脳外科手術を成功させてきた天才外科医。しかし、その能力の高さゆえ慢心し、傲慢な性格であった。
 ある日のこと、スティーヴンは車の運転中に大事故を起こし、両手に大きな障害を負ってしまう。様々な治療や手術を試すも機能は戻らず、それは外科医生命の終わりを意味していた。
 捨て鉢になるスティーヴンだが、あるときチベットにどんな傷も治せる師がいるという話を聞き、藁にもすがる思いでチベットのカマー・タージへと向かった……。

 ドクター・ストレンジ

 マーベル作品に詳しいわけではないので全然知らなかったが、中にはこういう東洋系、魔術師系のパワーをもったヒーローもいるのだね。
 ただ、キャラクターとしては異色で面白そうなのだが、こういう東洋系や魔術師系タイプをネタにした作品は、映画でも小説でもだいたいが観念的なストーリーや闘いになってしまって、ラストはぐだぐだということも多い。まるでドラッグ中毒者の幻覚でも見るような映像でごまかされるというか、いつのまにか主人公が覚醒していたり、敵を倒していたりというパターンね。
 本作もそういう意味ではほぼほぼ予想どおり。主人公が魔術を取得するあたりまでは悪くないが、後半は厳しい。まあ、いろいろな要素が理詰めで構築されるのではなく、そういうことになっているという前提だけで物語が進むから、やはりストーリーに対する期待感は見ていてもまったく湧き上がってこない。

 それを救っているのが、やはり映像だろう。もはや現代のCG技術で再現できない映像などないのだろうから、あとはセンスや着想の勝負。
 その点、本作は十分合格点である。高層ビルや町並みを捻ってみせたり、重力の向きが変わる中でのアクションはスピィーディで迫力あり。
 また、ラストの時間が巻き戻る中、つまりフィルムの逆回し状態だが、その時間が戻るなかで自分たちだけは順回しで戦っているというのは、ありそうでなかったパターン。別の次元とかではなく、同時に干渉しあっている状況がすごいのである。映像技術としてはそれほど難しくないのかもしれないが、これはアイディアの勝利だろう。

 ベネディクト・カンバーバッチは『SHERLOCK』以後、すっかり俺様キャラや天才役が嵌っているが、本作でもそれは健在。旬な役者さんをこういう映画に起用してしまうディズニーもすごいが、受けるカンバーバッチもえらいものだ。
 ほかのキャストで気になったのは、師匠のエンシェント・ワンを演じたティルダ・スィントンか。途中から脳内で三蔵法師に変換されて困ったが(苦笑)、あのクールでインテリジェンスな雰囲気はいいよなぁ。

 というわけで、いいところ悪いところいろいろと挙げてはみたが、トータルでは60点、まずまずというところか。ラストの決着も含めてもう少し爽快感はほしいかな。

 ちなみに続編を匂わすようなエピソードがエンドロール後にあるのは珍しくもないが、今回、ふたつもあったのには驚いた。ひとつはマイティ・ソ−・シリーズ、もうひとつは正当な続編っぽいが、ネットで調べるとアベンジャーズにもつながるようで、ううむ、まったく商魂たくましいですのぉ。さすがだわ。


 論叢海外ミステリからちょっと古めの一冊。エラリー・クイーンのパスティーシュやパロディ作品をまとめたアンソロジー『エラリー・クイーンの災難』を読む。編者はエラリー・クイーン研究家として知られ、エラリー・クイーンファンクラブ会長も務める飯城勇三氏。
 まずは収録作から。

【第一部 贋作篇】
F・M・ネヴィンズ・ジュニア「生存者への公開状」Open Letter to Survivors
エドワード・D・ホック「インクの輪」The Circle of Ink
エドワード・D・ホック「ライツヴィルのカーニバル」The Wrightsville Carnival
馬天「日本鎧の謎」日本木制鎧甲之謎
デイル・C・アンドリュース&カート・セルク「本の事件」The Book Case

【第二部 パロディ篇】
J・N・ウィリアムスン「十ヶ月間の不首尾」The Months' Blunder
アーサー・ポージス「イギリス寒村の謎」The English Village Mystery
リーイン・ラクーエ「ダイイング・メッセージ」Dying Message
ジョン・L・ブリーン「CIA:キューン捜査帖〈漂窃課〉 画期なき男」C. I. A.: CUNE'S INVESTIGATORY ARCHIVES PLAGARISM DEPARTMENT The Idea Man
デヴィッド・ピール「壁に書かれた目録」The Cataloging on the Wall
J・P・サタイヤ「フーダニット」WHODUNIT?

【第三部 オマージュ篇】
ベイナード・ケンドリック&クレイトン・ロースン「どもりの六分儀の事件」The Case of the Stuttering Sextant
ジェイムズ・ホールディングアフリカ川魚の謎」The African Fish Mystery
マージ・ジャクソン「拝啓、クイーン編集長さま」Dear Mr. Queen, Editor
ジョシュ・パークター「E・Q・グリフェン第二の事件」E. Q. Griffen's Second Case
スティーヴン・クイーン「ドルリー」DRURY

 エラリー・クイーンの災難

 世界初のクイーン・パスティーシュ集という触れ込みなので、それはいいのだけれど、いかんせんホームズのパスティーシュほど作品数が多くないせいか、粒揃いの作品集とはいかなかったようだ。正直、出来不出来の差はけっこうある。

 そんな中で健闘しているのが、第一部の贋作篇。真面目にクイーンの作風をなぞっており、どれも楽しめた。
 トップを飾るのはクイーンの伝記評論が翻訳刊行されたばかりのネヴィンズ・ジュニア による「生存者への公開状」。事件のメイントリックよりもネタの落としどころが面白い。
 クイーンの代作経験もあるホックは二作収録されているが、オススメは「インクの輪」。連続殺人の謎を追ういわゆるミッシング・リンクものだが、長篇にできるぐらいの魅力と謎をそなえた佳作。パスティーシュでここまでやるのは少々もったいない気もするが(苦笑)。
 珍しや中国からの作品は馬天「日本鎧の謎」。着想は悪くないのだが、ここまでいくと同人っぽいというか少々やりすぎで、個人的には入り込めない。
 「本の事件」もなかなかいい。老いたクイーンが、なんとジューナの子供たちが巻き込まれた事件の謎を解く。クイーン自身の著作をトリックにしていたり、パスティーシュゆえの魅力や仕掛けがふんだんに盛り込まれた佳作。ただ、ジューナ一族の扱いが酷くて、クイーンファンの一人としてはそこが不満。

 第一部に比べ、第二部のパロディ篇はそうとうきつい。単純にパロディやミステリとしてつまらないものが多く、ほとんどが言葉遊びに終始する作品ばかりである。海外作家のクイーンに対する印象が垣間見えて、そこだけは興味深い。
 ただし、J・P・サタイヤの「フーダニット」だけは例外。なんとスタートレックにクイーン父子が乗り込んで殺人事件を解決するというもので、その設定だけでも十分面白いのだが、冒頭からそれをさらに上回る仕掛けが施されていたことに唸らされた。
 とはいえ、これは逆にスタートレックファンが怒るんじゃないか(苦笑)。

 第三部のオマージュ篇も第二部と似たり寄ったり。しかし、こちらも最後に収録されているスティーヴン・クイーン「ドルリー」については別格でよくできている。
 本作は著者名やタイトル名からもわかるように、クイーンのオマージュであると同時にスティーブン・キング『ミザリー』のパロディにもなっている。しかも『ミザリー』の世界観に恐ろしいぐらい見事にクイーン自身やドルリー・レーンというキャラクターをはめこんでいる。
 そもそも元がホラーなのでミステリとしては大した作品ではないのだけれど、いやいや、パロディとしてはなかなかお見事である。
 ちなみに解説では、作者の正体についてはぐらかされているが、『ミザリー』以降の時代であれば作者不詳などということもないだろうから、これはおそらく日本人、それこそエラリー・クイーンファンクラブの誰かが書いたものではないかな。

 ということで、そこそこクイーンを読みこんでいないと楽しめない作品ばかり、おまけに収録作の出来の差も激しいけれど、クイーンのファンなら楽しめる一冊といってよいだろう。
 マイフェイヴァリットは「インクの輪」、「本の事件」、「フーダニット」、「ドルリー」といったところで。

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 本日の読了本は島田一男の『黄金孔雀』。サブカル系の評論家、唐沢俊一氏が監修した〈カラサワ・コレクション〉からの一冊である。
 〈カラサワ・コレクション〉とは古本を趣味とする唐沢氏が古い少女小説を復刊した選集である。2003年から2004年にかけて四冊刊行されたが、そのうちの西条八十 『人食いバラ』と本書『黄金孔雀』がミステリ寄りの作品となっている。
 ちなみに〈カラサワ・コレクション〉は四冊で刊行が終了しているのだが、実は本書の最後には次回配本である島守俊夫の『宇宙探偵・星に消える子』の広告が載っている。いま現在、刊行された形跡はまったくないので、おそらくは売れ行き不振で頓挫したのだろう。「あっ、きこえる!  エメラルドすい星の、地球に近づく音が……」という惹句がなかなかに素敵だったので(笑)、ちょっと気になっていたのだが、なんとも残念なことだ。

 いきなり話がそれたが、さて島田一男の『黄金孔雀』である。島田一男のジュヴナイルというだけでレア度は高いが、中身もなかなか他所ではお目にかかれないような代物であった。

 こんな話。誕生日を明日に控えた真夜中のこと。小玉博士の一人娘ユリ子は庭の方から聞こえるパタパタという音で目を覚ました。不思議に思って窓を見やると、なんとそこには孔雀の覆面をした怪人の姿が! しかもその孔雀の怪人は自ら「黄金孔雀」と名乗り、ユリ子を守るために現れたのだという。
 驚くユリ子であったが、さらにそこへ現れたのが、額に角を生やした不気味な「一角仙人」であった。黄金孔雀に宣戦布告をした一角仙人の笑い声に、ユリ子は恐怖のあまり気を失ってしまう……。

 黄金孔雀

 のっけから敵味方の怪人が登場するという派手なオープニングだが、まず驚かされるのはその造形である。
 上のカバー絵の右側が敵の親玉「一角仙人」、左に小さく描かれている方が正義の怪人「黄金孔雀」なのだが、典型的な悪人面の一角仙人はいってみれば予想どおりでそれほどの驚きはない。
 むしろ注目は正義の怪人「黄金孔雀」である。体に西洋の鎧もどきをつけているのはいいとして、孔雀の覆面がやはり異様。とにかく頭があれではすごい邪魔としか思えないのだが。しかもどういう構造かわからないが、ちゃんと羽も広げるし。

 で、このアブノーマルな二人がユリ子に隠された秘密をめぐってユリ子争奪戦を繰り広げるというのが一応メインストーリー。ただし、実はそれだけでは終わらず、さらにはここにユリ子の親友ルミ子とそのお兄さんの名探偵・香月先生(本職は少年少女新聞の編集長)が加わり、三つ巴の展開となるのがなかなか面白い。
 他にも黄金孔雀の部下の少年パンド・ランガ、一角仙人の手下・一つ目行者など、個性的なキャラクターが目白押し。そんな彼らの丁々発止のやりとりでラストまで一気に突っ走ってくれる。
 なんせ昭和二十五から二十六年にかけて連載された小説である。ツッコミどころは山ほどあるけれど、まあ、それも含めて楽しみながら、古き良き時代の少女活劇小説の世界にどっぷり浸るのがよいだろう。
 なお、ミステリとしても予想以上にトリックを使っていたり、怪人の正体なども工夫していたりで、レベルはともかく(笑)、サービス精神にあふれているところは好感度大である。

 島田一男には他にもいろいろジュヴナイルを書いているのだが、ううむ、それこそ論創ミステリ叢書あたりでまとめて出してもらえないものだろうか。

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 カウンターが本日(昨日だったかも? 適当なのでよくわからんw)、100万を突破。おお、われながら凄いじゃないか。
 2007年にブログを立ち上げ、ちょうど十年ほどで達成したので年平均10万、一日平均300弱といったところ。こんな辺境ブログをお訪ねいただき、見てくれている方々には感謝しかございません。特にキリ番企画などまったく考えてはおリませんが、今後ともご愛読いただければ幸いです。



 さて、本日の読了本はジョルジュ・シムノンの『メグレと老婦人の謎』。1970年の作品でメグレものとしては最後期にあたる。

 メジスリー河岸で暮らす一人の老婦人。その彼女がメグレに用があると警視庁に日参していた。自分の留守中に誰かが忍び込んでいるというのだ。その証拠に家具が僅かだが動いているというが、盗まれたものは何もない。メグレは自分が出る幕もないと思い、若いラポワント刑事を対応させ、型どおりの調査は行わせた。
 だが、その数日後、老婦人が自分の部屋で殺害される。死因は窒息死。メグレは老婦人に対して自分がしてやれなかったことを悔やみながら捜査に取り組むことになる……。

 メグレと老婦人の謎

 後期のメグレものらしく、あまりミステリとして凝った内容ではない。謎の中心は、家具が動かされている理由はなぜか、つまり犯人の目的は何かというところなのだが、登場人物が少ない上に早々と手がかりが与えられるため、真相や犯人を想像するのはそれほど難しい話ではない。

 シムノンもことさら謎解きを重視しているわけではなく、読みどころは老婦人に最善の対応ができなかったことを悔やむメグレの心情だろう。部下に対応をさせているし、メグレにそれほど責任があるわけでもないのだが、結果として喉に刺さった小骨のようにメグレを苛む老婦人の死。
 それが影響しているのだろう。メグレは珍しく妻を散歩に誘ったり、一日フルに休日の相手をしたりするのだが、おそらくそれによって精神のバランスをとっているのである。こういう間接的な描写がやはりシムノンならではの巧さだ。
 ミステリとしていまひとつでも、こういうメグレが読めるのなら、ファンとしてはそれでOKといったところか。

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 ガイドブックがけっこう好きだという話は過去に何度か書いているが、またまた興味深いガイドブックがあったので紹介したい。
 ものは木原善彦の『実験する小説たち 物語るとは別の仕方で』。いわゆる「実権小説」に絞ったガイドブックである。著者は米文学者で、トマス・ピンチョンの研究者としても知られている人だ。

 実験する小説たち

 まず実験小説って何?という話なのだが、簡単にいうと、小説そのものの可能性を切り開き、創作上の実験的な試みを追求する小説のことである。
 純文学でも大衆文学でもいいのだけれど、いわゆる「普通の小説」は、人間の心理や営みを探求したり、物語の面白さを追求する。しかし、「実験小説」は言語による芸術としての存在そのものがテーマ。要は何を描くかではなく、どのように描くか。肝はここである。

 本書では、時系列、言葉遊び、メタフィクション、視覚的企て、マルチメディア性等々……さまざまな切り口で描かれた作品が、内容紹介、その狙い、読みどころ、おすすめの類書に至るまで、けっこうな濃度で解説されており、実に楽しい。
 相当踏み込んだところまで解説しているのだけれど、作品の性質上、ネタバレなどはあまり気にならず、むしろその詳細な解説のおかげで、ますますこれは読んでみたいという気持ちにさせてくれる。

 例えば、ウォルター・アビッシュの『アルファベット式のアフリカ』は、全五十二章から成っているのだけれど、第一章では a で始まる単語しか使わずに書かれている。そして第二章では a と b から始まる単語、そして第三章ではa と b と c という具合に、少しずつ使える単語が増えてゆく仕組みなのだ(ちなみに第二十六章ではすべての語が使えるようになるが、次の章からは逆戻りしてひとつずつ減ってゆく)。
 また、マーティン・エイミスの『時の矢』では、主人公の人生が死から誕生へと、まったく逆回しで展開される。

 こうした紹介だけではなかなかその面白さも伝わりにくいのだが、本書では訳文はもちろんときには原文も合わせて一部抜粋してくれるので助かる。とはいえ、これらの小説が本当に成立しているのか、よしんば成立しているとしても、果たして成功しているのか、正直、不明確なところも多いのは確かだ。
 ただ、小説の可能性を探る実験として、その試みはどれもこれもむちゃくちゃ面白い。少なくとも筒井康隆や清水義範あたりの作品が好きな人なら、この豊穣なる実験小説の恵みに身悶えして喜ぶことは間違いない。

 管理人も今でこそミステリ中心で読んでいるが、実は若いときはこういうものを好んで読んでいる時期があって、それは圧倒的に筒井康隆の影響だった。
 本書でも紹介されている『残像に口紅を』をはじめ『朝のガスパール』や『虚航船団』『虚人たち』など、筒井作品だけでも枚挙にいとまがないほどで、さらには筒井のエッセイ本をきっかけに南米文学やポストモダン文学なども読みふけった記憶がある。

 とはいえ管理人の文学的知識などたかが知れている。本書はそんな人間が読んでも理解できる程度にわかりやすく書かれているのもありがたい。
 とにかくわかりやすくて刺激的な一冊。むしろ普段は小説など読まない人、あるいは最近めっきり読書しなくなった人が読んだ方が、より楽しめるのかも知れない。

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 マージェリー・アリンガムの『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿III』を読む。
 創元推理文庫で着々と進んでいる、アリンガムの生んだ名探偵アルバート・キャンピオン氏の日本版オリジナル短編集もこれで三冊目。バラエティに富んだ内容で、質の方も比較的安定しており、クラシック本格ファンには安心して読める数少ない良シリーズといえるだろう。

 さて、この短編シリーズはほぼ年代順に編まれているが、本書では趣を変えて、英国はサフォーク州キープセイク付近を舞台にした中編と短編一作ずつという構成とのこと。収録作は以下のとおり。

The Case of the Late Pig「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」
On Christmas Day in the Morning「クリスマスの朝に」

 クリスマスの朝に

 クリスティやセイヤーズと並ぶ英国四大女流ミステリ作家の一人ながら、その本質は本格探偵小説とは異なるところにあるのがアリンガムの魅力。そのバラエティ豊かな作風や文学的な芳香などが混じり合って、最初の頃はどういう作家なのか本当に掴みにくかったのだが、最近ではこの短編集のおかげもあって、ようやく腹に落ちてきた感じである。
 ただ、本書に収められた中編「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」は意外なほどにオーソドックスな本格ミステリであった。

 物語はキャンピオンの小学校時代の同級生の新聞の死亡記事で幕を開ける。卑劣ないじめっ子だった同級生の最期を見送ろうと葬式に出席したキャンピオンだったが、その半年後、ある事件の捜査に協力したとき、その同級生の死体にまたもや遭遇する……。

 そこまで際立ったトリックでもないので、だいたいのところは読めるのだが、魅力的な冒頭の謎や適度なユーモア、個性的な登場人物にも彩られて、リーデビリティは決して低くない。
 真犯人のアイディアもさることながら、キャンピオンを事件に導いていく手紙の存在と真相が味付けとして効いている。こういうサイドストーリーがあるだけで、物語の質がぐっと上がるのだ。

 短編「クリスマスの朝に」は小品ながらほのぼのとした余韻があり、クリスマス・ストーリーとしては申し分なし。前の短編集でもそうだったが、こういうハートウォーミングな物語、アリンガムは実に巧い。
 「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」だけでも悪くはないのだが、本作との合わせ技で満足できる一冊となった。英国の本格好きならもちろん買いであろう。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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